■淡い愛と熱い恋 6


「こんな速さじゃ、走ったほうが速くないか?」
「大丈夫だよ。今日の彼は機嫌がいいらしいから。」

一分一秒を競って生きてきた現代人には耐えられないスピードで、ゆったりと進む牛を見る天真に、
相変わらずの笑顔で友雅は答える。確かに、朱雀大路からひとつ裏手に入ると、
牛が道草を食っていたり気まぐれを起こしたりして、立ち往生している貴族たちを良く見かける。
それに比べたら、進んでくれているだけマシかもしれない。
天真は、あからさまなため息をつくと、定員の半分しか乗っていない牛車の中で、足を伸ばしてくつろぎ始めた。

「なあ。永泉の兄貴だって言う帝って、どんなヤツなんだ?」
「こら。主上のことを口にする時は、言葉を慎みなさい。…そうだね。顔立ちはあまり永泉様に似ておられないが、
雰囲気はとても似通っているお方で、とても包容力がおありだ。」
「俺と永泉のことは、話したのか?」
「ああ。でも、全面的に否定されてる様子もなかったし、これからの二人次第、と言ったところか。」

大きな素焼きの徳利から酒を飲んでいる友雅は、何も隠すことなく、自分の知っていることを天真へ伝える。
天真は、意外と勘がいい。隠したところですぐに天真にはばれてしまうし、隠すことに利益も害もないと踏んだらしい。

「我々八葉のことも気遣っておられる。もちろん、神子殿のこともだが。」

天真が何か考え込んでいるのを見て一言加えると、また大きく酒をあおった。
牛車の外は、太陽が最も高い位置を通り過ぎて、下弦の月と交代するため、家路を急いでいる途中にあった。

「永泉様にお会いしたい。おられるのであれば、左近衛府少将が参ったと伝えられたし。」

友雅の何の根拠もない発言は見事に的中し、ただの一度も立ち止まらずに到着した牛車は、厳粛な御室寺へと横付けされた。
皇族や官位の高いものが多く修行僧を志望することからこの名前がついたと言うこの寺は、ほかの寺社と違う空気があった。
天真は、そんな空気に戸惑いながら、友雅の言葉を受け取った僧侶が再び門前へ戻ってくるのを待った。
しかし、しばらくたって現れたのは、先ほどの僧侶ではなくもっと立派な格好をした老人だった。
この老人がこの厳粛な寺の住職だと、友雅の言いつけで牛車の中にいる天真の目にも明らかだった。
なにやら話し終えて、友雅が戻ってきた。

「酒臭いやつは寺に近づくな、って言われたのか?」
「いや。ただ、永泉様はこの寺にもご自宅にもおられないことが分かった。」
「何だって!?」

友雅の思いもよらない言葉に、天真は、鈍器で頭を大きく殴られたような衝撃を覚えた。
身分の違いやお互いの都合上、一日中ずっといられないのは仕方がない。
そう思っていただけに、愛するその身を守ってやれなかったことが、悔しさと悲しさが同時にこみ上げてくる。

「俺、あいつの事を、守ってやれなかった…。」
「今からあきらめるのはまだ早いよ、天真。永泉様は、行き先を告げていかれたようだ。」
「本当か!!?」
「ああ。今からそこに行こう。行かれのは2,3日前と言うが、行ってみないと分からないこともあるだろう。
それに、愛する人が気になってじっとしていられないだろう?」
「分かってるじゃねえか。」

二人は不敵な笑みを一つかわすと、再び牛車で洛中へと引き返した。
一度洛中の友雅の屋敷に戻って、馬で再出発しようと言う魂胆らしい。
しかし、天真の心中は、どうしようもない牛車のスピードへ対するイライラと、
永泉の無事への祈願と、まだ慣れない乗馬への不安が渦巻いていた。




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