■淡い愛と熱い恋 7


「ここが、永泉の好きな場所なのか…。」

天真は、初めて訪れる音羽の滝を見上げた。現代では3本の細い流れから流れ落ちる聖水に特別な力があるとかで、
清水寺の敷地内という立地条件もあいまって、立派な観光名所として成り立っているが、
こちらの世界のものは大きく違うようだ。雄雄しい流れが、天真と友雅が肩車したくらいの高さから降り注いでいる。
聖水がどうと言うよりも、その流れで身が癒されそうな、そんな印象を受ける。
「そうだよ。永泉様は法親王のころからここへ良く来られていた。

今でも、何か考え事をなさる時は、こちらへ足を運んでおられると言う噂も聞いたことがあるよ。」

天真は、友雅の解説を小耳に挟みながら、じっと滝の流れを見詰めていた。
永泉の司る八卦は、坎。象徴するものは、北より流れ出づる水とされている。
そのせいもあって、雄雄しいはずの滝の流れが、永泉のように繊細に見えてきてしまう。
そんな天真の瞳は、いつしか切ないものへと変わってきて、それに気づいた友雅は、
声も掛けずに馬を近くの木々に結びつける作業をした。

「誰だ?」

結び付けている馬たちが同時に茂みへ視線を向けるのに気づいた友雅は、装飾がたっぷりと施された刀の柄へ手をかけた。
頼久が身につけているような質素な日本刀を持っていないわけでもないが、今は出勤の時と同じ身なりをしているので、仕方がない。
友雅は、半ばアクセサリーと同じ感覚の仕事用の日本刀の柄を握りなおした。
しかし、茂みから出てきたのは意外で、且つ捜し求めていた華奢な人物だった。

「永泉様!?」
「永泉だって!?」

茂みから出てきた美しい青年に思わず上げた声にはじかれた天真が、我に返って友雅のほうを大きく振り向いた。
そこに立っていたのは、間違いなく自分の愛するものだった。
けれど、その一通りでない様子を察知した天真は、決して触れようとも話しかけようともしない。

「…こいつ、様子が変だ。なんか、いつもと違う気が混ざってる。それに、俺のこと見ても、顔つきが変わらない。」

いつもなら、満面の笑みで自分に抱きついてきたり、唇をねだったりするのに。
天真は、心の中で付け足すと、不思議な気をまとっている永泉の髪に、そっと触れてみた。
すると、慣れた感覚の後に静電気のような感覚が指を噛んだ。
八葉として生活してきて3ヶ月しか経っていないけれど、覚えのある感覚だった。

「こいつ、怨霊に憑かれてる。」

実態の感触の後にしびれるような感覚が来る。怨霊に憑かれたものの大きな特徴であるし、識別の仕方だった。
それは、物でも人でも同じ。天真は、永泉が実態であるかを確かめると同時に、怨霊に憑かれているか否かも確かめたのだった。

「誠か、天真。」
「ああ。間違いない。でも、八葉ってのは神聖な存在なんだろう?
何で、普通の怨霊がつけるんだ?弱いヤツなんて、俺たちが触っただけでも溶け出すのに。」
「なら、普通の怨霊が憑いているのではないね。」

あさっての方向を見ている永泉を目の前にして、小声で相談した二人が考えたことは、どうやら同じだったらしい。
目配せをした後に大きくうなずくと、友雅は、結んだばかりの馬に飛び乗り、どこかへ行ってしまった。
それを確認した天真は、永泉を滝の水溜りへと立たせた。京の暦では7月であるけれど、
ちょうど現代の暦で言う10月とほぼ同じであるから、かなり水は冷たく感じる。

「ごめんな。冷たいけど、お前のためだから少し我慢してくれ。」

以前、泰明が行っていた。しつこく居座る怨霊を払うには、神聖な水や仏像を押し当ててやると、すぐに調伏できる、と。
天真は、そのことを思い出したのだった。それに、天真の司るものは、雷。いざと言う時にも、水は電気を通しやすい。
天真は、出来る限りのことを済ませると、永泉の正面に当たる岩に腰を下ろして、永泉に語りかけ始めた。
宿主の精神が強くなれば、怨霊は自分から逃げ出すこともある。
これも、泰明の受け売りであるけれど、知っていることを片っ端から試していく。天真らしい方法をとったらしい。

「永泉。お前が帝になってたら、こんな風になってなかったかも名、俺たち。第一、あってもなかったかもしれないんだよな。
…友雅から聞いたぜ、お前の兄貴のこと。あんまり似てないけど、いいやつなんだって?
俺たちのことも、半分認めてくれてるみたいだし。八葉は特別扱いされてて、俺も内裏に入れるから、今度、一緒に会いに行こうな。」

帝、と言う単語が出た時、永泉がかすかに反応したように見えた。天真は、また、ゆっくりと語りかける。

「早く、お前が笑ってるとこ、見たい。俺は、それだけが支えなんだ。妹が行方不明になって、ちっとも笑ってなかった俺を、
普通に生活出来るまでに戻してくれたのは、お前なんだ。お前と出会ってなかったら、俺は…。」

天真は、たまらなくなって、またかすかに反応した永泉を優しく抱きしめた。すると、遠くのほうから、永泉の声がする。

(天真殿。天真殿を心配させてしまって、私は何とお詫びをしたら良いのでしょうか。)
(永泉。何があってこんなことになってるのか、教えてくれるな。)

八葉と龍神の神子は、他人が思うよりつながりが深く、遠く離れていても相手の様子が分かったり、
相手の気持ちが同調してきたりもする。それを利用して語りかけてきた永泉は、心の声でいとしい天真に語りかけてくる。
もちろん、それは、同じ八葉である友雅にも聞こえているだろう。

(私がここへやってきたのは、ちょうど3日前。いつものように考え事をしようとやってきたのですが、
そこへ鬼の首領がやってきたのです。
しかし、鬼は私を殺そうとはせず、生け捕りにしたのです。そして、鬼の住処だと語る薄暗い洞窟へ。)
(何も、されなかったのか?)

天真は、鬼相手にそんなことがあるわけがない、と思いながら同じ口調で問いかけてみた。

(天真殿、お咎めなしに聞いてください。…鬼の首領は、私を彼の私室に連れて行き、私を抱き、犯しました。
1度だけではありません。何度も何度も、彼は私の中に…。)

天真は、予想していてた答えに、きつく閉じた自分の瞳からしずくが零れ落ちるのを感じた。
それと同時に、焦点のあわない永泉の瞳からも、ポロリと一滴こぼれた。

(つらかっただろう?怖かっただろう?俺が、傍にいてやらなかったばっかりに…。
俺を許してくれ、永泉。許せなかったら、殴ってくれ!)
(いいえ。私に、そんなことは出来ません。ですが、ひとつお願いがあります。
私の手を使って、印を結んでください。そして、この身を浄化してください。
そうすれば、この身に注ぎ込まれた念も晴れるでしょう。)
(そんなこと、出来るのか?今、友雅が泰明を呼びに行ってる。それじゃだめなのか?)
(この身にあるのは、怨霊ではなく、鬼の首領の憎しみです。それを浄化するには、この方法と後もうひとつ…。)
(もうひとつ?)
(…天真殿が、私の中に…。)

最後はほとんど消え入りそうにいった永泉の心の声に、天真は思わず永泉の体を強く抱きしめてしまった。
確かに、こんな場所でして閉まったら、念は晴れても風邪を引かせてしまう。天真は、前者の方法を実行することにした。

(んじゃ、お前の手を使って印を結ばせればいいんだな?)
(はい。わかりますか?)

天真は、永泉を背中から抱きなおすと、だらんとしている手を掴んでそっと印を結ばせ始めた。
白くてきれいな女性のような指を壊れ物のように扱っていく。永泉が心の声でアドバイスしてくれたおかげで
、癒しの術は思ったより早く完成し、注ぎ込まれた念も、永泉の心が正気に戻っていたおかげで、すっかりと晴れてくれた。
友雅が泰明を連れて戻ってきた時には、2人は熱い口づけでお互いの無事を喜び合っていた。




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